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「パーム」獣木野生の感想!Not Love, But Affection.

「家族」とは必ずしも血縁、縁者のみを指すのではない、ということは、みなさんご存知ですよね。

この物語は「家族」という名のもとに人生のひとときを共に過ごした者たちの

「ささやかな」幸せを語る

「壮大な」物語です。

「パーム」あらすじ

元・医者という変わりだねの私立探偵のカーター・オーガス。

彼の助手は元・天才児で暗黒街にもその名を知られたジェームス・ブライアンだ。

そこに、親類の娘で超毒舌家のアンジェラと、アフリカでライオンに育てられたと言うアンディまでもが加わって、オーガス家はトラブルが尽きない……。

Amazonより引用

ヨンダリ
ヨンダリ
なんと20年以上の長期連載!!

出典:パーム

「パーム」を読んで

アメコミ(アメリカンコミック)のような白と黒のはっきりした画風、セリフもウィットの利いたおしゃれな映画のような会話、そしてアメリカ西海岸を舞台に繰り広げられる、探偵を中心に起きるアクション。

連載が始まった1980年代は、1970年代からの西海岸ブームを引き継いで、おしゃれでカッコいい雰囲気を表す小道具ばりに、少女漫画の物語の舞台が「アメリカ西海岸」に移ってきていた時代でした。

しかし『パーム』は、少女漫画のキラキラうるうる華を背負う絵ではなく、例えば、バットマンやスパイダーマンを想起させるようなキャラクターの体のライン、深夜帯に放映されるアメリカのドラマシリーズのようなテンポのストーリーといった、少女漫画憧れの西海岸物語ではなかったというところです。

出典:パーム

LAのオーガス家、あるいはオーガス探偵事務所が物語の中心です。

家の主人はカーター・オーガス、恋人に振られた反動で医者を辞め、私立探偵になった30代の男性。

その助手のジェームス・ブライアンは、マフィアのボスの養子(血のつながった甥)だった過去を持ちます。

そのさらに助手として、カーターの遠縁のアンディ・グラスゴーはアフリカ育ちですが、子どものころからジェームスはアンディの出てくる夢を見ていた、という奇縁ある関係。

のちにカーターを一度は振ったジャネット、カーターのこれまた遠縁のアンジェラ、カーターのはとこで半グレのトラブルメーカーのシン、これがオーガス家の「家族」の核です。

最初のエピソード掲載から現在(2020年)で連載37年目という恐るべし長命連載作品ですが、作中の時間は、カーターがジェームスと出会った1981年からわずか2年ほどしか経過していません。

現在は最終章を連載中ですが、この先、長くとも描かれるのは1988年まで。

後を描いてもそれはエピローグ的なものでしょう。

なぜなら、ジェームスが1988年に死ぬということがすでに明らかにされているからです。

「パーム」の名セリフ

かっこいいセリフというのは、気障でも漫画や映画で語られることでフィクションとして許されるものですが、パームの中で語られるセリフは、いかにも生身の人間が言っているように感じられるのです。

それは、人生を生きていれば、人誰しも行き会うかもしれない悲しみや喜び、時に驚き、怒り、そんなときにふと口をついて出るかもしれない、人生の深みを表す、それ故に少しだけかっこいいと思える言葉だからです。

出典:パーム

「人生はしっちゃかめっちゃかなタペストリーみたいだな。神様はとてもまともな織物師じゃない。けれどそのタペストリーはとても美しい」

カーターは日系三世ですが、母、ジーンは第二次世界大戦で日系人が収容所へ送られることになったときに初めて、自分の父が日本人であることを知らされました。

外見は白人に見えていたジーンは、そのことが受け入れられず、やがて結婚して子供を産んだときに改めて、自分の体に本当に日本人の血が流れていることを突き付けられます。

ジーンから生まれた長男・カーターは、いかにも日本人の容姿を引き継いでいました。

わが子カーターのことを受け入れられずに、ジーンはネグレクトや身体的な虐待、言葉の虐待をカーターに与えました。

母に愛されず、父もまた母に気を遣うあまりカーターへの気遣いが薄い、17歳のとき、第二子を身ごもったジーンは狂気を募らせ、カーターは母の虐待に耐えかねて、自分を可愛がってくれていた伯父(ジーンの従兄)のレイフの養子になります。

距離を持ったことで落ち着いたかに見えた母との関係、平穏を取り戻したかに感じたころ、実の両親は生まれたばかりのカーターの妹を遺し、交通事故で亡くなります。

皮肉にも、母と電話で話し、和解できたかのようにカーターが思ったその日のことでした。

そして両親の葬儀のために出張先から帰ってきたレイフ伯父が、出迎えたカーターの目の前で飛行機の爆発に巻き込まれて死亡します。

カーターは、この不幸の連鎖により、「自分が自分の大切な人を不幸にする」という苦しみに苛まれます。

一瞬前まで生きていた人が死ぬかもしれないと思うことに耐えられないカーターは、ジャネットという女性と愛し合いますが、ジャネットを失うことに怯え、愛情が素直に表現できず、息が詰まるような関係に疲れたジャネットから別れを告げられます。

すべてを失っていくカーター。

人生は捨てたものじゃないと言いたかったのか、レイフ伯父がカーターに言った言葉が、「人生はタペストリー」の言葉でしたが、まだ20歳そこそこで、レイフの言葉にうなずくことなどできない程人生に疲れ果てたカーター。

ジャネットを失い、まじめ一筋に勉強してなった医師の職からも辞して、「一番自分が選びそうにない職業」の探偵になってみたものの、仕事をする気力も生きていく気力すらもない、さらに言えば死ぬ気もない(カーター学生時代、レイフの死後、自殺のつもりでベトナム戦争に志願しましたが、ベトナムへ向かうヘリの事故で骨折し、入院している間に撤退が決まったのです)状態で、ジェームスと出会います。

ジェームスと日々を過ごすうちに、いつしかカーターの心の中に、レイフのこの言葉が生きてくるようになります。

「幸福の基準はいかに多くの人間を幸福にできるかだ」

ジェームスは本名をマイケル・ネガットといい、NYの大マフィアのボス、アーサー・ネガットの甥であり養子でした。

しかも4歳にして高IQ児ばかりが集められるシンクタンクに招かれる知能。

それでいてマイケルは、メキシコ移民の乳母の一家とともにいつかはメキシコへ行って農夫になる素朴な夢を願っていました。

ところがアーサーへの恨みから誘拐され、実の母と弟同然に思っていた乳母とその子どもを目の前で撃ち殺されます。

誘拐犯の手から、アーサーの宿敵のマフィア、エリーの手に捉われ、そこでマイケルはアーサーから匿われるために、ジェームスという新たな名をエリーから与えられます。

エリーはいずれアーサーと対抗するためにマイケルを育てるつもりでしたが、マイケルは巧妙に策を練り、エリーの部下たちを時に死に至らしめて、エリーの下から逃れ、少年院に入ることで衆人の監視のもとに逃げ込みました。

少年院からやがて刑務所へ移され、刑務所でジェームスは大学に入学したことで同窓のカーターと知り合うことになります。

エリーがアーサーの手にかかり死んだという報せを刑務所で受け、ジェームスは就職という形でカーターの助手となり、ともに暮らすことになったのでした。

しかしジェームスの受難は続きます。

マイケルの誘拐事件からのちの名前の変更も、逃亡劇までもマスコミに取り上げられていたジェームスは、誰もが知る「元、マイケル・ネガット」、マフィアの養子という肩書から逃れられなかったのです。

エリーの刺客として、かつてシンクタンクで一緒に学んだ親友のワイエスに片目を撃ち抜かれて殺されかけたり、アーサーを捕まえてマフィア解体を期するFBIに囮にされたり、CIAが雇っていた殺人鬼の暗殺者サロニーにつけ狙われたり、と次から次へと危険に晒されますが、そのたびにカーターは、自分の前からジェームスが消えて無くなる不安に怯えながらも、ジェームスがいつしか自分の大事な家族にも等しい存在だという思いを募らせていきます。

ジェームスは、幼少期から愛情に飢えていたカーターに、出会いから一貫してダイレクトに友情や愛情を示し続けます。

屈折した思いから探偵業に鞍替えしたばかりのカーターに、「あんたには俺が必要だ」と宣言してみたり、覇気のないボスの生活環境を整えるために荒れた家の中を整美し、毎日の食事を作って日常を取り戻させ、そして何より、ジェームスの生い立ちから巻き込まれる物騒な事件のたびに、ジェームスはあっさりと自分の命を手放すこともいとわず、災禍に身を投げようとします。

すべてはカーターとカーター・ファミリーを守るために。

何度目かのそのとき、ジェームスがカーターに逝った言葉が「幸福の基準」云々でした。

結局のところ、カーターが己の存在ゆえに周囲が不幸になる、と恐れていたことは、ジェームスがマフィアという因縁に付きまとわれて、自分が生き残るたびに周囲が命を落としていくということとそっくり相似形になっているわけです。

だからこそふたりは深いところでつながっている関係を結びえたのでしょう。

「俺たちは八十になんかならないよ。俺たちもうすぐ死ぬもの」

ジェームスの弟(乳母の子ども)は4歳で誘拐事件に巻き込まれて死に、アンディの母はアフリカで毒ヘビに噛まれて23で早逝、アンディの父はがんで40で亡くなり、ジェームスの実母は、カーターの両親は、と肉親に縁の薄いカーター、ジェームス、アンディ。それを指摘して、アンディは「自分たちだけ長生きできるわけがない」と規定の事実のように言います。

アンディはアフリカで両親と暮らしていましたが、母が不幸な事故で亡くなった後、「兄弟のように育ったライオン」とともにジャングルの中でおよそ10年間暮らしました。

その後、父のもとへ戻ってきましたが、人間の教育をきちんと受けることも無く、父が病で亡くなり、父の遺言でLAのカーターの下へと来ることになります。

ところが驚くべきことに、ジェームスは幼いころから夢でアンディに会っていたと言いました。

不思議な縁があったと思えるジェームスとアンディの間には、本当に「不思議」が存在するのでした。

たとえば、一緒にいるとジェームスの仕事の能率が倍以上にもはかどり、親友に撃たれて瀕死だったジェームスが、アンディがそばについていたことで命を取り留め、代わりにアンディはげっそりと精気を吸い取られたようになったり、ふたりで体をくっつけあっていれば素手で鉄格子も曲げられたり、手のひらを合わせると青い光が灯ったり――なんとも不思議な関係なのでした。

ところでもっとも不思議だったのはアンディ自身が「不思議ちゃん」だったこと。ライオンとふたり?きりで10年近くもジャングルの中で、人間の情動に一切触れずに過ごしたアンディには、人間の愛情に、男女や親子や友人の別がありません。

人間社会に復帰すべくひとりやってきたLAで、自分が失った親友のライオン(老衰で死亡)のことを否定しなかったからか、それとも幼いころからジェームスが夢に見続けてきたという奇縁のせいなのか、アンディは亡きライオンの名でジェームスを呼ぶまでにジェームスに懐き、24時間以上離れているとふたりともに精神的にも肉体的にも変調をきたすような仲に。

もちろん彼らの間に、肉体的な関係はありません。

もっともアンディもカーターの家から高校に通い、1年ほどを過ごすにつれ、自分の「愛」が人間界では異質化もしれないことに気づき始めますが、一方のジェームスはアンディの野生動物のような無垢な愛を向けられたことで、現物のアンディに出会うまでの自分の人生にはついぞなかった「ひたむきな愛」に暴露され、ジェームスこそが愛に目覚めることができたのではないかと思います。

それまでのジェームスは、マフィアから逃れるためには殺人をも厭わないという冷徹さがあったわけですが、カーターに必要とされ、アンディの無防備な愛を受け続けたがゆえに、障害物を壊してでも、というよりは、自分を投げ出してでも大事な人を守るという捨て身の犠牲を払ってもいいと思うように変化したと思うのです。

「愛でなく Not Love But Affection」

これはセリフではなく、全体の構想の中のほぼまんなかに位置するエピソードにつけられた題名です。

ジェームスならびにカーター・ファミリーは地球環境会議という規模の大きな環境問題に首を突っ込むことになります。

しかし、地球環境を考える、という筋書きでストーリーが進む中、カーター・ファミリーとその周囲の人々は、手のひらの上の小さな愛に翻弄されます。

男性と女性、男性と男性、女性と女性、肉体上の性別で言えばそんな組み合わせでしょうが、このエピソードの題名が言っている通り、性別が肉体に要求する愛情が一般的な「愛」だと広く考えられるのであれば、性別が肉体に要求するものを超えて、性の別なく心が要求する「愛」をどう言えば、どう求めればいいのか、そして与えればいいのか。

環境会議で発言するジェームスは、エネルギーはすべて自然から得て自然に還す循環がないと、人類も含め地球は滅びの一途を辿ると説きます。

このエネルギー問題は、愛情の循環でもあるのだと作者は示しているのではないのかと思えるのです。

愛情はすべて自然すなわちあるがままの人の心から得て人に還す循環エネルギーである、と。

そこに、利便性や利得が入り込むとバランスは崩れ、壊れていく、そんなメッセージが含まれていたのではないでしょうか。

環境問題の後、ジェームスはアフリカへ行くことになるようです。

そして1988年、28歳で死を迎える。

どういう死に方になるのかはわかりませんが、カーターの妹との間に双子を設けるもその子らを見ることなく死ぬ、と作者自身から明らかにされています。

「人は誰しも死を迎える」ということが、綺麗ごとでなく描かれている、読みようによってはとても辛い物語です。

生きることも素晴らしいことばかりではない、ということも描かれます。

しかし誰もが「生まれて死ぬ」、その道のりにはまさに数億、数十億の道のりがあるけれど、行きつくところは「死」であり、死とは必ず「生まれて、生きた延長線上」にある出来事であり、詰まるところ、漫画であれ、小説であれ、映画であれ、ドラマであれ、物語を描くということは、人を描くということは、「死」を描くことなのではないかということに思い至ります。

たとえ、何百枚の原稿、2時間の間に直截的に登場人物の死が描かれないのだとしても、その人物がいつか迎える「死」までが作品のエンディングの先に見えるような物語こそが、登場人物があたかも私たちと同じ時間軸でこの地球上のどこかに生きているような気にさせてくれる――『パーム』はまさに、そんなふうに思わせてくれる物語です。

出典:パーム

ヨンダリ
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