時代劇で、赤穂浪士と大奥はテッパンネタだと言われるようです。
今回は男女逆転!?の「大奥:よしながふみ著」
あのBL作家さんが大奥!?(しかも男女逆転)と思い、どうだろうという気持ちでしたが・・・
読み始めてみると、これが単なる男と女を逆にしただけではなく、実によく考えられている男女の配置。
いや、おみそれしました。
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「大奥」あらすじ
男子のみを襲う謎の疫病が国中に流行り、男子の数が激減。
男女の立場が逆転した世界に生まれた貧乏旗本の水野は、大奥へ奉公することを決意する。
女性の将軍に仕える美男三千人が集められた女人禁制の場所・大奥で巻き起こる事件とは…!?

「大奥」を読んで
「人は時に、抗えぬ宿命のようなお方に出会ってしまうことがあるのでございます」
これは、徳川幕府の大奥最後の総取締役に就いていた瀧山(男)の台詞。
この物語は、男女逆転という奇天烈な設定こそあるものの、160年間の長い時代、徳川幕府という籠に閉じ込められた人々の生きざまを丁寧に描く物語だと思いました。
話題になったのはやはり、嵐のニノが主演の映画(2010年)からでしょうか。
ニノは貧乏な武士の長男で、8代将軍吉宗の相手をすることになるというストーリーでした。
江戸時代初期から日本に広がり始める赤面疱瘡という奇病。
成人前の若い男子だけに発病し、疱瘡(天然痘)のひどいもので、致死率は80%。
若い男子だけということはつまり、男子が育たないってことなんですね。
当初、東日本から流行したこの病、全国諸大名に知られては、男子が少ない=守りが手薄になった江戸に攻め込まれてしまうと恐れ、幕府は病を隠します。
同時に、3代将軍徳川家光が赤面疱瘡で死去したことも。
もともと男色や女装の趣味があり、女性には淡白とされていた家光には、手籠めにした町娘にできた一人の女子が残されたのみ。
誰にも知られていない存在の女子。
家光の乳母・春日局はこの女子を家光(女)に仕立て上げます。
物語は2020年2月現在、徳川14代将軍家茂(女)の時代を描いていますので、そろそろ終盤に差しかかったと言ってよいでしょう。
ここまでのストーリーはざっくり分けて以下の3テーマと考えられます。
1. 赤面疱瘡により、女が時代を動かす仕組みになっていく世の中を描いた時代(3代家光~8代吉宗)
2. 赤面疱瘡撲滅に向け、蘭学と医療に焦点を当てて描いた時代(8代吉宗~11代家斉)
3. 開国へ向けて徳川政治の終焉(12代家慶~)
なお、徳川15代のうち、登場しない家康、秀忠はそのまま男子、家光(の成り代わり)以降でも、男子が将軍となった代もあり、11代家斉、12代家慶、そして最後の15代慶喜が男子の設定です。

逆転した女将軍の役割
赤面疱瘡の災禍の第一は将軍となる男子が育たないことです。
家光(女)は死んだ家光(男)の代わりにされたわけですが、家光(女)は直接表に出て政治に口が出せない代わりに裏で、閣僚たちに女子相続の容認、赤面疱瘡による嫡男子死亡の場合の養子に幕府の認可がいること、などを入れ知恵し、とうとう家光の代には女将軍を認めさせるに至ります。
もっともそれは、政に熱心だったというよりは、公にできる身分ではなく生まれついた自分が女ながら将軍となったことに悲しさをぬぐえず、唯一心を開いた側室、有功(お万の方)とも子はできず、自分の存在意義の承認欲求のなせる業だったと言えるでしょう。
4代家綱(女)を経て、5代将軍に綱吉がなりますが、一人娘を早くに亡くし、以後子どもができないまま、長く将軍の座に居続けることになります。
いつの世も血筋に後継を頼る場合、男も女も「子を作る・産む」ことが第一の役割となるわけですが、女子相続となった徳川では、将軍自らが出産をすることが第一の存在意義となってしまいます。
そう考えれば、男将軍の場合には、種付けだけをすれば女性たちが子供を産んで育ててくれるわけですから、気楽と言えば気楽です。
子供ができない時は女性側のせいにもできてしまいます。
しかし、子を産めない女将軍は悲惨です。
綱吉は月のものが来なくなっても、周囲の期待のままに大奥の男性たちと閨を共にしなくてはならない日々を過ごさなくてはなりませんでした。

女子が将軍になるというメリットに気づく
7代将軍家継(女)の大奥に上がった武士、水野。
特に有力な後ろだてもなく、御半下(おはした)という下層の役回りでしたが、ひょんなことで役が上がり、幼くして亡くなった7代家継の次に将軍となった8代吉宗の、大奥での初めての相手に見初められます。
しかし大奥には、女将軍の初めての相手を「御内証の方」と呼び、初回きりで死罪に処するという掟がありました。
ところが水野という男の心映えが気に入ったのか、吉宗は内々に水野の処刑をしたことにして水野を放免します。(この部分がニノ主演の映画)
その後、吉宗は家光以来、大奥の図書管理をしてきた御祐筆役を訪ね、秘かに書かれ続けた「没日録」という記録を読みます。
それは春日局が御祐筆に命じて書かせた、赤面疱瘡により女将軍を立てることになった記録でした。
そもそも、なぜ女子が将軍になることになるのか、幸運にも赤面疱瘡にならずに長じた男子がなるのではいけないのか、ということですが、徳川幕府では跡目争いを避けるため、長子相続が原則だからです。
しかも徳川家は、徳川の血筋が幕府の頂点に君臨するために、一橋、水戸、紀州と宗家に後継ぎがいないときのため徳川の血筋の者を補充できるようにしていました。
もっとも、そのために徳川の係累内では跡目を取るために対抗馬を毒殺しまくるので、内部での争いは絶えなかったわけですが。
吉宗は没日録を読んで、そもそもはこれが「長子=男系」が原則であったのに、赤面疱瘡のせいでそれを曲げた世の中になったことを知ります。
家光から吉宗までの間で、女子が相続することになんら不思議がない世の中になっていたのですね。
そして吉宗、はたと思います。
「男は産まれた子が自分の子かどうかなんてわからない。女は自分で産むのだから確実に自分の子だとわかる。血筋を重んじるなら女子が相続するほうが確実なのではないのか」と。
しかし吉宗自身は数だけで言えば子どもに恵まれた女将軍でした。
吉宗(女)の設定は、もともとの吉宗(男)の設定の長身で頑健な身体を持つという設定を引き継いでおり、そんな吉宗(女)は3人の娘を得ていたので、たとえば5代綱吉の子に恵まれず、江戸城に繋がれた女性の悲哀には思い及ばなかったようです。
吉宗(女)自身が色恋にさほど興味がなかった性格で、心細やかではなかったということもあります。
ともかくも吉宗が気付いたのは血統を守るための女将軍のメリットでした。
これは現実社会でも、シャーマンなど生まれ持つ「体質」に大きく能力が拠る場合に、女系で後継者を決めて行くことの合理性と同じですね。
赤面疱瘡との闘い
しかしいかに女系が血筋の明確性というメリットがあるにしても、赤面疱瘡という多くの人が亡くなる病を放っておくことはできません。
このころ鎖国とは言いつつ、オランダとの局限的な交渉はあり、蘭学が日本に入ってきます。
医療は西洋医学を取り入れ進歩を遂げる、この歴史的事実をうまく使い、吉宗以降で赤面疱瘡の撲滅へと話が進められていきます。
よしながふみの『大奥』がウマイと思わせられる点は、歴史的事実をうまく使い、登場人物の男女逆転させる割合を8割~9割程度に設定しながら、現実より少し捻じれた真実味のあるストーリーを練り上げていることでしょう。
たとえば寂しい将軍綱吉は、犬公方で有名なわけですが、綱吉の父親、お玉の方(この「大奥」では男子側室を女性のように呼ぶ)が若いころ、無益な殺生をしたことで動物が綱吉に祟り、子が生まれないととある高僧に言われたことで、過剰なまでに動物、ことに綱吉の干支の犬を大事にするようになったという色付けをしたことや、吉宗の次の9代家重(女)には、史実の家重(男)に脳性麻痺があったのではとされているところをうまく取り上げ、躰の自由が利かないが実際には有能であるのに、周囲が見下していたがために気持ちを腐らせ、実力を発揮できずに生涯を終えたというくだり、同じく綱吉の時代には、浅野内匠頭(男)と吉良上野介(女)の因縁を展開させ、赤穂四十七士のほとんどを男に設定したことで吉良(女)に「浅野や大石が女ならばこんなことはおきなかったのに」と言わせたりもしています。家重の時代から頭角を発揮していた田沼意次(女)の時代には平賀源内(女)を出し、そして歴史の上では天然痘の種痘(人痘)の成功へと向かう道筋をうまくつけていく、この男女の逆転の配分と史実を加工して架空の歴史を作り出すセンスには何度「なるほど!」と思わせられることか。
意次(女)の力をバックに進められた赤面疱瘡の種痘は田沼(女)の失脚により、松平定信の蘭学禁止で一旦火を消しますが、11代家斉が田沼時代に赤面疱瘡の種痘を受けたことで成人できたというエピソードを付け加え、家斉の時代に赤面疱瘡の種痘に成功し、見事、克服となります。
いよいよ開国、そして徳川幕府の終焉
家康幼少のころから代々徳川家に仕えてきた阿部家。
正弘(女)は若くして老中へと出世します。その正弘(女)が見出したのが、最後の大奥総取締役・瀧山(男)です。
ここがもし、家定が女将軍でなかったとしたら、正弘には大奥とのパイプがすでに瀧山以前にあったのですが、家定が女でその前が男将軍ということで、「大奥」も男女が入れ替わってしまいます。
前の代では女大奥であったものを、正弘(女)が家定のために男大奥を再構築するという設定になるため、瀧山(男)に付されたエピソードは、両親の不祥事で御家取り潰しになり食い詰めて陰間茶屋に入るというもの。
正弘(女)は人気の陰間の評判を聞きつけ、家定のための大奥へと取りこむため、瀧山を身請けします。
瀧山は正弘(女)の頭脳と人柄、そして正弘(女)が一心に守ろうとする将軍・家定に心から仕えようと決心します。
正弘(女)はアメリカの開国要求の最中、病に倒れ、家定もやがて死を迎え、残された瀧山(男)は、同じく遺された天璋院(男)とともに次の将軍・家茂(女)に仕えることとなります。
天璋院篤姫(この『大奥』では胤篤)は倒幕をたくらむ薩摩藩・島津公が徳川へ送り込んだ人物なわけですが、家定(女)にすっかりほだされ、家定亡き後、徳川の未来を真摯に考えている自らの数奇な運命を笑ったそのとき、瀧山が言った言葉がこの記事の冒頭の台詞です。
瀧山の心の中には、自分を陰間茶屋という苦界から引き揚げてくれた正弘(女)の面影があったわけです。
その「宿命のお方」を通して使える女将軍への忠心。思えば、この物語の最初から、時折りちらつくフレーズがありました。「大奥のものはみな、上様に恋をしているのです」――そんなに重要めかして仰々しく出てくるものではないのでさほど気にしていませんでしたが、これは女将軍に対して繰り返し使われてきました。
つまり、業病であったり、跡目争いの末に身の上に転がり込んできた将軍職であったり、将軍という退職であるにもかかわらず男からも女からも子を産む道具としてしか思われていない女将軍を、時に忠臣として、時に心からの愛情をもって男たちが相対する時、このフレーズがさらりと出てくるのです。
ああ、時代劇で男女の愛憎渦巻く「大奥」は、よしながふみにかかると、この国の一時代を築き、日本という国を束ねることに心を砕く女たちを、魅力ある人として語るために男女逆転という味付けを選んだのか、と思わせられます。
上述のとおり家定(女)のもとへは、薩摩の島津斉彬の養子・胤篤(たねあつ)が婿入りします。
家定は実父であった12代家慶(男)に性的虐待を受け、実母からは疎まれて毒を盛られるというエピソードが加えられ、不幸な将軍として僻みの強いキャラクター。
しかし、阿部正弘(女)の機知により、家慶の虐待から逃れることができ、もとが利発な家定は腹心の家臣のためにも政に心を入れようと立ち直ります。
また、根気強く家定を見守り続ける胤篤にも家定は次第に打ちとけた頃、残念ながら病なのか、家定を邪魔に思った幕閣の仕業か、亡くなってしまいます。
天璋院(男)と名を変えた胤篤は14代家茂の後見に。
世の中は開国を迫る外国勢を打ち払う攘夷論が盛ん、幕府と調停が手を取り合って外国勢に立ち向かうという意思表明のためにも公武一体が唱えられ、京都から天皇の妹が家茂に輿入れすることになりますが、これが面白いことに、女将軍のもとに男和宮が輿入れするはずが、なんと和宮(男)の姉が男装して輿入れしてきます。
しかし幕府は何がなんでも公武一体を成功させたくて、この結婚を失敗させることは意地でもできず、家茂(女)と大奥総取締の瀧山(女)の機転によってなんとか納めることができた後、家茂の人柄に心を開き始めた和宮(女)は、将軍の後見となった一橋慶喜(のちの15代慶喜)(男)よりも、家茂が自分の子どもを産むべきだ、と言います。
しかし江戸と東京を行き来して疲弊している家茂は、まだ若いのに月の者も来なくなってしまうほど。
そこで和宮(女)が思いついたのは、家茂が上京(京都)している間に自分が誰か大奥の男性との間に子供を作り、解任を理由に弱っている家茂を江戸へ返させ養生させている間に和宮(女)が子どもを産む、という計画でした――。
既刊17巻のストーリーはここまで。
まさか最後の最後に女夫婦が出てくるとは、さすがよしながふみです。
ただの逆転では終わらせない。
今のところ、幕末キャラとしては胤篤の輿入れのときに西郷がちらと出て、その後は海軍を作る段で勝海舟が出てきているくらいですが、どう展開していくかに期待します。

ストーリー
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笑い
シリアス
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