高橋留美子の代表作と言えば・・・
代表作だらけで困ってしまうんですが、少年漫画でデビューした高橋留美子がはじめて青年誌で描いた「めぞん一刻」
発表年数が1980年、40年前!!!
ところが今読み返しても古くないんです。
もちろん時代背景はその当時のものですが、ボーイミーツガールの漫画として読んで全然違和感がない!
高橋留美子おそるべし・・・
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「めぞん一刻」あらすじ
曲者揃いの住人たちから邪魔されても、新管理人・音無響子を一途に慕うけなげな五代。だが彼女との恋を実らせるには、あまりに大きく険しい壁があった。それは響子が結婚半年で夫を亡くした未亡人であることで…。
不器用で優柔不断、甲斐性なしのダメ男・五代裕作。
そんな彼は、誰よりも優しい心を持つお人好しという一面も持ちあわせています。
ある日、彼の住むボロアパートに、若くてスタイル抜群の美女・音無響子が管理人としてやって来ました。
見目麗しい彼女に五代君は一目惚れ。
ところが、響子さんはその若さで、最愛の夫を失った未亡人だったのです。
そこに、金持ちで高学歴、スポーツマンにして二枚目という無双状態の三鷹瞬もライバルとして現れ、恋の火花を散らします。
こうして、一癖も二癖もある一刻館の住人達も交えた、涙あり、笑いあり、感動ありという青春ラブコメディが幕を開けるのでした。

出典:小学館
「めぞん一刻」を読んで
めぞん一刻には五代君や響子さんといった主人公だけでなく、たくさんの魅力的な人々が登場します。
物語を盛り上げる一刻館の住人達、そして、脇役ながらその素晴らしい人格で読者の涙腺を崩壊させる管理人さんの義父・音無老人の人物像に迫ります。
一刻館の住人達
五代君と管理人さんの出会いの場所「一刻館」。
この木造住宅のボロアパートは個性的な住人達が集う、賑やかで摩訶不思議な空間です。

1号室には、旦那と息子の3人家族で暮らす一の瀬花枝が控えています。
この一の瀬さんは、酒樽のような体型をした絵に描いたような話好きのおばちゃんであり、昼間から酒を呑んでは酩酊しています。
宴会になると、いつも扇子を持ってどんちゃん騒ぎを繰り広げる彼女ですが、年の功もあり何だかんだいって頼りになる存在です。
意外にも、旦那と息子はいたって普通の常識人なのであります。
6号室に住んでいるのが六本木朱美です。
キャバクラ嬢の源氏名のような名前ですが、彼女自身も名は体を表すという言葉そのままのキャラクターであります。
近所のスナック「茶々丸」で働いており、酒もタバコも何でもござれという、はすっぱな雰囲気漂う水商売のお姉さんといった趣です
また、アパートでは常にランジェリー姿で徘徊し、五代君を刺激します。
ですが、ただのチャランポランではなく、時折、物事の本質を射抜く鋭い一言も放ちます。
そして、4号室の住人が四谷さんです。
私にとって四谷さんこそ、漫画界に燦然と輝く奇人変人です。
そして、最もユニークなキャラクターといっても差し支えありません。
彼ほど謎めいた人物は皆無でしょう。
何しろ、職業不明、年齢不詳、名前も名字しか分からないのですから。
一刻館にいる時は和服でとおし、外出するときはスーツにトレンチコート、アタッシュケースも携行します。
部屋には、ひょっとこのお面が飾られており、時には虚無僧の姿で現れます。
そして、五代君が隣の5号室に引っ越してくると、いきなり丸太で壁をぶち壊し秘密のトンネルをこしらえます。
きっとドアから入るより、自分の部屋からダイレクトに侵入できる近道があった方が便利だと考えたのでしょう。
何度、穴を塞いでも「お・ま・た・せ」の言葉とともに開通してしまうのです。
その四谷さん。
趣味はのぞきで、たかりに関しては常習犯です。
五代君に田舎から浴衣が送られてくると、自らの和服を指さし「私のこれ…古くなっちゃって…」と、モノ欲しそうに見つめます。
五代君が持つ桃缶を目にすると、「悪いですな~気を遣っていただいて…」と催促してきます。
またある時は、いつになく真剣な表情で、夜の帳が下りた公園に視線を投げかけていました。
そして、しばらくすると、額に浮かべた汗を拭きながら「ふぅ~っ…堪能いたしました」と呟き、立ち去ります。
目を凝らして見ると、カップルがイチャイチャしていたのでした(汗)
このように、一歩間違えば変質者と勘違いされる(勘違いではないような)怪し気な四谷さん。
しかし、五代君と管理人さんが結ばれたことを知ると、てっきりイジリ倒すのかと思いきや「良かったじゃないですか」と祝福するではありませんか!
私はこの四谷さんの言葉に、不覚にもウルっときてしまいました。
こうした、ちょっとよそではお目にかかれない型破りな住人達が、ふたりのラブストーリーを盛り上げていきます(邪魔しているだけか?)。
音無惣一郎の父
惣一郎さんの父である老人は、穏やかな風貌そのままの心優しい善人です。
管理人さんと一緒に、亡き惣一郎さんのお墓参りに行ったときのことでした。
日頃から、若い管理人さんがいつまでも亡き夫に縛られているのは良くないと、親身に考えていた音無老人は切り出します。
「このままじゃいけないんだよね、やっぱり…響子さんもまだ若いんだから、そろそろ音無家から籍を抜いてやり直した方が…」
その言葉を制すように管理人さんは、「何をやり直すっていうんです。惣一郎さんを忘れろってことですか」と言い寄ります。
すると、音無老人は、亡き息子の墓前で管理人さんに語りかけます。
「ねえ、響子さん。昔は夫が死ぬとね、墓に赤い文字で妻の名前も書き入れたんだよ。未亡人…まだ死んでない妻ってことだよね。でも違うだろ?死んでないのじゃない。生きているんだ。忘れなくちゃいけないよ、惣一郎のことは・・・」
実の息子を亡くした音無老人も、管理人さんに負けず劣らず悲しいはずです。
でも、そんなことはおくびにも出さず、義理の娘を心配する姿に私は心から感動してしまいました。
また、五代君と管理人さんの結婚式でも、白無垢姿の管理人さんへ心に沁みる言葉を贈ります。
「こういう日が来るのを待っとったよ…うんと幸せになりなさい。今までの分もね…あんたは、この日のために生まれてきたんだよ、響子さん」

自分の息子との結婚ではなく、赤の他人との再婚に「あんたは、この日のために生まれてきたんだよ」という言葉をかける音無老人は、真に心温かき人だと深い感銘を受けました。
こういう人が、人格者というに違いありません。
管理人さんでなくとも、号泣必至の名場面です。
こうした、たまにしか出てこない脇役にも魅力的な人物がいることが、「めぞん一刻」をただのラブコメディを超越した心に残る作品にしているのではないでしょうか。
心に残る名場面
ここでは、五代君と管理人さんが織り成す、時には切なく、時には心温まる、そんな甘酸っぱい恋の行方を紹介します。
坂の途中
管理人さんは三鷹コーチに頼まれ、彼の妹の結婚祝い選びに付き合います。
ところが、ふたりの紛らわしい会話から周囲はついにゴールインするのだと、誤解してしまいます。
失意のあまり、五代君は一刻館からの退去を決意します。
あっさり新居は決まりますが、そこには引っ越したはずの住人が、引越し代がないことを理由に居座っていました。
しかもその住人。男は半分ヤクザ、女はソープランドで働いているという夫婦で、一筋縄ではいかない曲者達でした。
一方の管理人さんも、自分のあずかり知らぬところで誤解され、五代君に出て行かれた寂しさを隠せません。
五代君が引越してから1ヶ月が過ぎたころ、田舎から小包が届きました。
そして、時を同じくして、運送屋が五代君の部屋から荷物を運び出しに来たのです。
管理人さんは迷った挙句、運送屋から五代君の住所を聞き出し、引越し先を訪ねます。
すると、あいにく五代君は留守で、居座っている女が部屋から出てきました。
激しくショックを受ける管理人さん。
そのまま、五代君に会わずに帰ってしまいます。
その頃、五代君は、偶然出会った四谷さんから結婚話はデマだったことを聞かされます。
帰宅した五代君は管理人さんの訪問を知ると、慌てて駅に向かい、間一髪電車に乗り込む姿を見つけます。
しかし、怒り心頭の管理人さんは、「あの人とお幸せに!」とピシャリと言い放ち行ってしまいました。
その後も、誤解を解こうと一刻館に電話を入れるのですが、管理人さんは取り付く島もありません。
挙句の果てには、五代君からの電話に「新しい入居者が入り、もう部屋は空いてません!」と電話を叩き切ってしまうのです。
かわいそうな五代君…。
そんな中、管理人さんは、ひょんなことから五代君の現況を知ることになります。
ひどい嘘をついたことに自己嫌悪に陥る管理人さん。
「管理人さん、ぼく5号室に帰りたいんです!」という五代君の必死な声が、いつまでも耳から離れません。
思い余って、再び引越し先を訪ねると、もう1週間近く帰ってないというではありませんか。
心配のあまり五代君のことで頭がいっぱいになり、苦悩は深まるばかりです。
友人の所に居候していた五代君は居づらくなったこともあり、木枯らし吹き荒ぶ夜の街を彷徨いますが、自然と一刻館へと足が向かいます。
珍しく管理人さんも住人たちと一緒に出かけており、アパートは留守でした。
悲しみに暮れる五代君が一刻館を出て行くタイミングで、ちょうど一行が帰って来ました。
泥棒に間違われ、坂道をダッシュで逃げる五代君。
しかし、管理人さんだけは一瞬で正体を見破り、「五代さん!!待ちなさいっ!」と必死な形相で追いかけます。
「もういいんです!どうせ、もう僕の部屋は無いんですから」と逃走する五代君を、火事場の馬鹿力で追いつき捕まえる管理人さん。
五代君の顔を見た途端、管理人さんは「わーっ」と泣きじゃくります。
「帰って来て、帰って来て、お願い!!部屋はあります。ありますから…」
号泣する管理人さんを見て、五代君も泣き出します。
その様子に、管理人さんは「泣かないで、泣かないで」と懇願します。
「なに、やってんだい・・・あんた達は?」
呆れる一刻館の面々に手を引かれて、ようやく五代君は愛しの我が家に帰ることが出来たのでした。
この物語は、前半戦の大きな山場の一つといえます。
誤解につぐ誤解で互いに傷つき、すれ違いを繰り返すふたり。
管理人さんのキツイひと言を聞き、もう戻る場所が無いと打ちひしがれる五代君の姿は、憐れで見ていられません。
また、管理人さんが坂道で五代君を追いかける時の必死さ、そして、再会を果たした瞬間の安堵感・嬉しさ・申し訳なさ等々…様々な感情が爆発し、子どものように号泣する姿は、涙を誘うとともに微笑ましくもありました。
管理人さんも改めて、五代君という存在の大切さを実感したのではないでしょうか。
愛の骨格
今日も五代君はガールフレンドのこずえちゃんとのデート帰りに、彼女の実家に夕飯をお呼ばれします。
一刻館に帰ると、庭掃除をしながら五代君の帰りを待っていた管理人さんは不機嫌です。
管理人さんは五代君がこずえちゃんとデートすると、いつもヤキモチを焼くんですね。
自分の気持ちを知りながら手も握らせてくれないのに、無言の圧力をかけ続ける管理人さんに思わず温厚な五代君もキレました。
喧嘩するほど仲が良いとは言いますが、激しい口論を繰り広げるふたり。
お互い譲らず物別れとなり、屋根の修理をする管理人さんは足を滑らせ、落下寸前です。
異変を感じた五代君は窓を開けると、そこには雨どいにぶら下がっている管理人さんがいるではないですか。
「ほっといてください」と意地を張る管理人さんを間一髪助ける五代君。
意地を張る管理人さんに五代君は、「ばかたれ!なんで助けてくれって言わなかったんだ!」と怒鳴ると軽くビンタします。
涙を浮かべる管理人さんに五代君は、窓際の手すりに腰かけながら珍しく説教していると、ミシッという不吉な音とともに壊れてしまい転落してしまいます。
五代君の部屋は2階だったこともあり、足を骨折してしまいました。
「自分のせいだ」と激しく落ち込む管理人さんは合わせる顔もないと、入院した五代君のお見舞いにも行けません。
数日後、勇気を出してお見舞いに行く管理人さん。
しかし、人徳?のなせる業か、五代君の病室にはいつもお見舞いのお客さんが駆け付け、なかなか二人きりになれません。
ある日、管理人さんがお見舞いに行くと、珍しくひとり寝息をたてる五代君。
五代君に寄り添う管理人さんの気配に目を覚まします。
ヤキモチを焼いたことを謝りながら、いつになく素直に自分の気持ちを吐露する管理人さん。
いつもと違う管理人さんの雰囲気も手伝い、自然と見つめ合うふたり。
あの鉄壁のガードを誇る管理人さんが、「あたし…きっと…」と呟きながら、五代君の唇に自らの唇を重ねようと顔を近づけます。
しかし、その瞬間、一刻館の住人達が病室になだれ込んできたのでした。
千載一遇のチャンスを逃した五代君は、従妹の駆け落ち騒動に巻き込まれ再び骨折してしまいます。
相変わらず、運が悪いですね。
元々、骨折の原因を作ったこともあり、管理人さんは正月返上で看病することを決意しました。
この間までとは打って変わり、五代君に付きっ切りでお世話します。
一緒にいられるだけで、幸せな五代君。
ふたりの間に和やかな時間が過ぎていきます。
晴れ渡った青空に誘われるように、五代君は管理人さんに肩を貸してもらいながら散歩に出かけました。
正月元旦の病院はとても静かで、ふたりの距離を近づけます。
寄り添い、互いを見つめ合う二人。
松葉杖を落とした五代君を支える管理人さん。
「あ…あぶないわ…」
キスを交わそうとした瞬間、サイレンの音をけたたましく鳴らしながら救急車が到着します。
救急車で運び込まれたのは、スキーで足の骨を折った恋のライバル三鷹コーチだったのです。
しかも、五代君が入院している隣のベッドをご指名で!
こうして、またしてもあと一歩のところで、おあずけを食らう五代君なのでした。
私は男女の機微が分からない朴念仁なので、管理人さんがいつから五代君を好きになったのかがよく分かりません。
これまでも、こずえちゃんとのデートにヤキモチを焼くなどしていましたが、「自分に告白しておいて!」という独占欲から来るものなのか見分けがつきませんでした。
ですが、さすがにこの辺りのふたりのやり取りを見て、管理人さんは五代君に気があるのでは?と思いました。
だって、2度もキスしそうになるんですから。
しかし、百戦錬磨の恋の達人・三鷹コーチは、ギリギリのタイミングで恋路の邪魔に成功します。
私は五代君を応援しているので、いつも三鷹コーチには煮え湯を飲まされる思いでした。
まあ、当事者の五代君はその比ではないでしょうが…。
いずれにしても、この五代君の骨折騒動で二人の距離が縮まり、管理人さんも自分の気持ちに気がついたのではないでしょうか。
それは直後に、骨折の影響で五代君が留年しそうになった時の発言でも見て取れます。
「五代さん…一年くらい…一年くらい私待ちますから…」
あの管理人さんが、そんなことを口走るとは!
結局、五代君のズボラさが原因で管理人さんを怒らせ、何となくうやむやになってしまいます。
というわけで、まだまだ“めでたしめでたし”とはならないのでした。
三鷹コーチとのラブシーン
三鷹コーチからプロポーズをされ悩む管理人さん。
親戚が勝手に進める縁談を断るので、早急に返事が欲しいと迫ってきたのです。
五代君に相談しようとするも、お約束のすれ違いの連続でタイミングが合いません。
そうこうするうちに、プロポーズの件を小耳にはさんだ五代君は気が気ではありません。
しかし、五代君は就職浪人の身である引け目も手伝い、なかなか管理人さんに気持ちを確認することができなかったのです。
そんな中、三鷹コーチが伏せってしまい、管理人さんはマンションにお見舞いに行きます。
プロポーズの返事を待っていることは重々承知の管理人さんですが、とりあえず玄関先でお弁当を渡して帰るつもりでした。
一方、五代君は管理人さんがお見舞いに行くことを住人達から聞いて、三鷹コーチのマンションの前まで来てしまいます。
約束の時間になり、マンションに現れる管理人さん。
その姿を見て、止めたいのに止められない五代君は、マンションに入って行く管理人さんを見つめることしかできませんでした。
時を同じくして、偶然にも三鷹コーチの縁談相手が犬を連れてお見舞いにやって来てました。
その犬が逃げ出し、コーチの部屋に勝手に入ってしまいます。
犬を追いかけて行く縁談相手と一緒に、五代君も三鷹コーチの部屋に向かうと…。
そこには、三鷹コーチに押し倒され抱き合う管理人さんの姿があるではありませんか!
その瞬間、目が合う管理人さんと五代君。
決定的な場面を目撃した五代君は、何も言わず立ち去ります。
もちろん、管理人さんも「見られた!なぜ五代さんが…」と動揺を隠せません。
実は、犬嫌いの三鷹コーチが侵入してきた犬に抱き着かれ、思わず管理人さんに覆い被さっただけでした。
でも、五代君はそんなことを知る由もありません。
「いつから…きっと前から…知らなかった…おれはバカだ…」
惨めさに打ちひしがれる五代君。
管理人さんの顔を見られない五代君は一刻館には戻らず、友人の家に身を寄せます。
そんな中、管理人さんは一日千秋の思いで待ち続け、「きっと説明すれば分かってもらえるはず。いつもの誤解よ」と自らに言い聞かせていました。
数日後、やっと五代君は一刻館に戻りました。
玄関を開ける五代君のもとに駆け付ける管理人さん。
しょんぼりした後ろ姿に胸が痛みます。
しかし、「おめでとうございます。管理人さんも人が悪いんだから。隠すことなかったのに」
五代君は無理やり笑顔を作り、必死に声を絞り出します。
逃げるようにその場を離れた五代君の部屋の前に立ち、話しかける管理人さん。
「五代さん…開けてください、お話が。そこにいるんでしょ?あのことですけど…」
五代君は管理人さんの言葉を遮ります。
「そのことなら別に気にしてませんから。もういいんです。すみませんでした。あんなことになってるんだって知ってれば…今までだって困らせるつもりじゃなかった。知ってたら…すみませんすみません。おれ自分が恥ずかしくて…頼みますからほっといて…」
「ちょっと五代さん!何わけのわからないこと…」
「おれ大丈夫ですから。変な気を遣わないでください。もうあきらめましたから」
“あきらめるって…あんなことぐらいで…”
ショックを受けながらも、管理人さんは五代君の誤解を解こうとします。
「ね、ねえ五代さん。あれは違うんです。三鷹さんが一方的に…」
「か…管理人さん。おれ…もうあなたのこと…なんとも思っていませんから…だからそんな言いわけ…おれにしなくったって…」
「あなたのこと…なんとも思っていませんから…」
その言葉に茫然自失となる管理人さん。
「そうですか…」
ぱた…ぱた…ぱた…
部屋の前から去っていく、管理人さんのスリッパの音がむなしく響きます。
五代君は扉を開けると、「本当におれのことなんか気にしないでください。かえってみじめで…」と管理人さんの背中に言いました。
「五代さん…あたしがいなくても、大丈夫なんですね」振り向き様に管理人さんは問いかけます。
「だ…大丈夫です」
その言葉に、一筋の涙をこぼしながら管理人さんは走り去って行きました。
五代君に気がありながらも、三鷹コーチのプロポーズの返事をズルズルと引き延ばす管理人さん。
こういうところは、彼女のズルいところなんですよね。
決して浮気性という訳ではないのですが、三角関係というぬるま湯状態に胡坐をかいているのは間違いありません。
それでいて、五代君にヤキモチを焼いては怒りのオーラを放つんですから…。
全く困ったもんです。
もっとも、五代君も管理人さんを好きなのに、こずえちゃんとの関係をダラダラと続けているので、お互い様なのかもしれませんが…。
アクシデントとはいえ、管理人さんと三鷹コーチとの抱擁シーンを見てしまった五代君。
その姿はあまりにも気の毒で、見ているこちらが辛くなります。
これまでも誤解による失恋モドキはありましたが、今回の五代君のショックの受けようは尋常ではありません。
このシーンでは、私は完全に五代君に感情移入してしまいました。
なので、管理さんの“あきらめるって…あんなことぐらいで…”という心の中の呟きは、ちょっと聞き捨てなりません。
プロポーズの返事もまだの中、恋敵とのラブシーンを見せられた五代君の気持ちを考えれば、“あんなことぐらいで…”などとは思えないはずです。
思わず憤ってしまいました。
でも、「あたしがいなくても、大丈夫なんですね」との問いかけに、「大丈夫です」と言われて涙を流す管理さんの姿は、胸が締め付けられました。
彼女の悲しさ、寂しさが痛いほどに伝わって来たからです。
鈍感な私でも、本当に管理さんが好きなのは五代君だと確信することができました。
夢一夜
管理人さんの涙の理由が分からず、困惑する五代君。
翌日、友人に昨日の顛末を相談します。
なぜ、管理人さんは泣いたのかと…。
「そりゃおまえ、惚れられてんだろ」という友人の言葉を聞いた瞬間、一刻館へと五代君は疾風の如く走り去って行きました。
しかし、管理人さんは一人旅に出かけてしまっていたのでした。
管理人さんの気持ちを確かめたい五代君は、居ても立っても居られません。
管理人さんが、もしもの場合に備えてドアに貼っていった行程表を携え、すぐに追いかけました。
でも、そこは五代君と管理人さん。寸でのところでニアミスを繰り返します。
いくら探せど、管理人さんを見つけることができない五代君は、とりあえず宿に入りました。
明日には管理人さんが東京に戻るというのに、会うことができず肩を落とす五代君。
片や、管理人さんも暇を持て余し、露天風呂に向かいます。
中に入ると男湯と女湯がつながっており、ほとんど男女混浴といった感じでした。
一瞬、戸惑いますが、誰も居ないこともあり湯船につかります。
ところが、管理人さんのすぐ後ろで人の気配がするではありませんか。
すると、ちょうど風が吹き抜け、湯けむりが晴れました。
なんと!そこにいたのは東京にいるはずの五代君だったのです!
「とうとう追いついた…」と安堵した五代君はのぼせてしまい、そのままお湯の中に沈んでしまい浮き上がって来ません。
管理人さんは大慌てで助けを呼び、そのまま五代君は管理人さんの部屋に担ぎこまれました。
寝息を立てる五代君を見つめながら、管理人さんは「どうしてここにいるの…?あたしを追ってきてくれたの…?」心の中で五代君に尋ねます。
がばっ!
いきなり飛び起きる五代君。
管理人さんと会った夢を見ていたのでした。
辺りをキョロキョロ見回すと、そこには管理人さんがいるではないですか!
夢ではなく現実だったことを認識します。
ご迷惑では?と遠慮する五代君を、管理人さんは引き止めます。
何度も「あなたを追いかけて来たんです!」と言いかけるも、どうしても言えない五代君。
もちろん、管理人さんも、その言葉を待っているというのに…
浴衣を着て、窓際に腰掛け夜風に当たる管理人さん。
「あ、あの…なんでしたらこちらに…いい風ですよ」
五代君を誘います。
「やあ本当だ」と五代君は隣に座ります。
海の波間と星が輝く夜景を見つめるふたり。
管理人さんは、五代君の横顔に視線を移します。
“本当に会えて…とっても…どうしたんだろ。なんだかホッとする…”
五代君を見つめる管理人さんの優しい眼差し。
“本当は追ってきてくれたんじゃないの?もし、そうなら…あたし…”
“本当は追ってきたんです”
お互いの胸の内を打ち明けられず、時間だけが過ぎていきます。
偶然、お互いの小指が触れました。
「す、すみません」謝る五代君。
“あやまることないのに…”管理人さんは心の中で呟きます。
「あの、これからどうなさるの?」
管理人さんの問いかけに、「明日は輪島にでも…」とりあえず、でまかせを言う五代君。
すると、管理人さんは「いいですね。あたしも行きたいな」と、思わず本音が飛び出します。
夜風で冷えた管理人さんの肩に丹前をかけながら、「あの…よかったら一緒に…明日も…」と五代君が誘うと、嬉しそうに「はい」と答える管理人さん。
いい雰囲気で、見つめ合うふたり。

ところが、リーン!と、いきなり電話が鳴り響きました。
電話の主は、酔っ払いながら水道管が破裂したと騒ぐ一刻館の住人達でした。
翌朝、管理人さんは五代君を置いて帰京してしまったのでした。
この話は、私が特に好きな話なんですね。
全話をとおして、おそらく五代君が最も傷ついたであろう、管理人さんと三鷹コーチのラブシーン。
それから一転して、管理人さんの悲哀が凝縮された一筋の涙。
そして、傷心旅行に旅立った管理人さんを追いかける五代君。
しかし、あと一歩のところでなかなか会えず、やっと会えたと思ったら露天風呂でのぼせてしまい管理人さんの部屋に運び込まれるという、何とも五代君らしい顛末。
でも、そこからのふたりの時間は、まるで標題さながらの素敵な一夜になります。
私が本編を見たのは、中学生の時でした。
いい話だなあ~と思う反面、追いかけて来たことをなかなか言えない五代君に、「なんて情けない男なんだ!」ともどかしく感じたものです。。
ところが、高校に入学し、「めぞん一刻」の大ファンを自称する二枚目のモテモテ君にそのことを話すと意外なリアクションが返ってきたのです。
「言いたいのに言えない…それがいいんじゃないか」と。
その言葉に、私は「なるほど!」と膝を叩いてしまいました。
はっきりしない、優柔な五代君ですが、そういう純情な好青年だからこそ、私を含めた読者は五代君を応援したくなるんですよね。
そして、そういう心優しい五代君だからこそ、管理人さんと過ごす時間がとても穏やかで心地良いものになっていくのではないでしょうか。
管理人さんが、「本当に会えて…なんだかホッとする…」と思うのも頷けます。
せっかくいい雰囲気になったのに、またしても一刻館の面々によって邪魔が入ったのはお約束といったところでしょうか。
管理人さんの名台詞
様々な誤解とすれ違いの末、ついに結ばれたふたり。
あとは、五代君のプロポーズを待つばかりです。
でも、そこは一刻館。
なんだかんだと理由をつけては住人達が宴会を開催し、五代君は響子さんと二人きりになれません。
そんな中、響子さんの父親がひどい風邪をひき、響子さんは実家にお見舞いに行きました。
五代君との再婚の意志があることを告げると、娘を溺愛するお父さんは大反対です。
娘の再婚相手の様子が気になり、お父さんは五代君のバイト先まで足を運びます。
しかし、風邪をこじらせダウンしてしまいました。
五代君から連絡を上受けた響子さんは、心配のあまり迎えに飛び出します。
お父さんを背負う五代君と響子さんは、実家まで夜道を歩きました。
散々、お父さんから結婚の反対をされた五代君に管理人さんは尋ねます。
「なにかひどいこと言われませんでした?」
「別に…おとうさん…心配なんですね。おとうさんにとっては、響子さん、いつまでも小さな女の子なんですよね。
だけど、おれにとっては…たった一人の女の人…です…結婚してください…」

五代君は続けます。
「泣かせるようなことは絶対しません。残りの人生をおれに…ください」
「ひとつだけ、約束…守って…」
響子さんの言葉に「浮気なんか絶対しません。付き合い酒はひかえます。貧乏もなるべくしません」必死に五代君は約束します。
響子さんは笑いながら答えます。
「…そんなことじゃ泣きませんよ。怒るけど」
響子さんは振り返ると、五代君の顔を切なげに見つめ言いました。
「お願い…一日でいいから、あたしより長生きして…もう一人じゃ、生きていけそうにないから…」
五代君を愛しげに見る、その目にはうっすらと涙が滲んでいました。
「…決してひとりにはしません…」
誠実に答える五代君。

「本当だなっ」
五代君の背中越しからお父さん。
ふたりのやり取りを聞いていたお父さんは、「だけどな、こいつがいやんなったら、いつ帰って来てもいいんだぞ」と響子さんに結婚を認めるのでした。
このプロポーズのくだりは、数ある「めぞん一刻」の名場面の中でも、屈指の名シーンに挙げられます。
娘の結婚を徹頭徹尾反対する響子さんのお父さん。
ただの頑固親父にしか思えぬ彼にも、娘を思う親心があったのです。
響子さんの幼少時代、「おとうさん、おんぶしてー」とせがまれます。
「きょーこ、およめになんかいかないもーん」と背中越しに交わす娘との会話が、遠い記憶から甦ります。
また、惣一郎さんを亡くした娘の悲しい後ろ姿が、脳裏から離れません。
「こんな時、おとうさん…どうすればいいんだ。こんな思いさせるなら、もっともっと反対すべきだった」
厳しい言葉を投げかけられても、そんな父親の思いを推し測れる五代君は、本当に心あたたき好人物です。
何度も試みては、邪魔が入ったり間が悪かったりで言えなかったプロポーズの言葉を、父親を背負いながら告白する五代君。
あまりにも自然なプロポーズの流れに、これまでのもどかしさも消え去りました。
「お願い…一日でいいから、あたしより長生きして…もう一人じゃ、生きていけそうにないから…」
この響子さんの言葉は、本当に素敵でした。
惣一郎さんを亡くした心の傷の大きさと悲しみ、そして、五代君を心から愛している様子が痛いほど伝わって来ます。
また、涙が滲む響子さんの表情も、我々に深い余韻を残します。
「貧乏もなるべくしません」という五代君。
“なるべく”を小さく表示するところが、笑ってしまいました。
こんな涙を誘う名場面でも、さりげなくコメディタッチを挿入してくるところが、私の心を捉えて離さない名作たる所以でしょうか。
そして、この物語の更なる素晴らしさは、プロポーズの後に愛するふたりが肩を寄せ合うという場面で、エンディングにならないことではないでしょうか。
五代君の背中で、ぶっきらぼうな物言いながら二人の結婚を認めるお父さんの姿が、これまた感動を誘います。
お父さんも二人のやり取りを見て思ったはずです。
五代裕作という男ならば、安心して娘を託せると。
父、娘、そして娘の生涯の伴侶。
この3者が奏でる美しい物語は、末永く語り継がれることでしょう。
五代君の素晴らしさ
響子さんが管理人として一刻館に赴任した1周年記念として、五代君は思い切って響子さんを食事に誘います。
響子さんも、覚えていてくれたことをとても喜び、ふたつ返事でOKします。
ところが、響子さんは勘違いして別のお店に行ってしまいました。
約束の時間から1時間も経つのに、一向に来ない響子さん。
でも、五代君は全然イライラすることもせず、ひたすら待ち続けます。
それどころか、店員に「あの人ふられたのよ」と噂されても、「7時まで待って来なかったら…8時まで待とう」と自らに言い聞かせるのです。
このシーンには、五代君の優しさや心の広さがよく表れています。
五代君のこういうところが、私はとても好きなんですね。
そして、作中で私が最も感動し、何だか心の中がほっこり温かくなったのが、五代君が亡き惣一郎さんの墓前に行くシーンです。
永遠に、響子さんの中で生き続けるであろう惣一郎さん。
管理人さんの気持ちが自分に向いていることを実感しながらも、ふとした瞬間、どうしてもその影を感じてしまうのは当然なのかもしれません。
結婚式を間近に控え、五代君は惣一郎さんの墓参りに赴きます。
そして、澄んだ眼差しを真っすぐ墓前に向け、惣一郎さんに語りかけるのです。
「正直言って、あなたがねたましいです…遺品を返したところで響子さん…絶対にあなたのことを忘れないと思う。忘れるとか…そんなんじゃないな…あなたは、もう響子さんの心の一部なんだ…だけど、おれ何とかやっていきます。初めて会った日から響子さんの中に、あなたがいて…そんな響子さんをおれは好きになった。だから…あなたもひっくるめて、響子さんをもらいます」
実は響子さんも偶然お墓参りに来て、墓前の影から五代君の様子を見守っていたのでした。
その言葉を聞いた響子さんは、思わず涙がこみ上げます。
そして、「惣一郎さん…あたしがこの人に出会えたこと、喜んでくれるわね」と心の中で、そっと呟くのでした。
この場面は、春麗らかな桜舞い散る美しい背景がとても印象に残ります。
それはまるで、互いを思いやるふたりを包みこみ、前途ある未来を祝福するかのような、優しい情景だったからでしょう。
墓前で佇む五代君のもとに現れる響子さん。
そして、五代君の手を握りながら、幸福に満ちた表情で言いました。
「あたし…あなたに会えて本当に良かった。…さようなら惣一郎さん…」

本当に、このシーンは感動的でした。
単に涙なしでは見られないというだけでなく、ふたりの通い合う心の温もりが、こちらにまで伝わるような素敵な物語でした。
五代裕作という男はお人好しだが頼りない、そんなイメージを多くの読者が抱いていたと思います。
もちろん、私もご多分にもれませんでした。
でも、彼は優しいだけではなく、本当に器の大きな男だと痛感させられたのです。
亡き旦那ごと、愛する女性をもらうという覚悟。
こんなことを考え実行できる男性は、五代君のほかにいるのでしょうか。
そして、響子さんがそんな五代君と出会えたことを心から喜び、惣一郎さんに語りかける場面も感動的でした。
私は思うのです。
響子さんも言っていたように、きっと惣一郎さんも喜んでいるに違いないと。
若くして急逝した惣一郎さんは、誰よりも響子さんのことが心配だったはずです。
でも、五代君ならば、必ずや響子さんを幸せにしてくれると安心したのではないでしょうか。。
P.S 一刻館
結婚式と二次会が終わり、桜吹雪の夜道を住人達と帰路に就く五代君と響子さん。
ホテルに部屋を取ってあるにもかかわらず、やはり一刻館の方が落ち着きます。
「ただいま…」新郎新婦が帰宅しました。
そんなふたりを、優しく迎える一刻館。
そして、月日は巡り…
「一の瀬さん。一の瀬さん」
四谷さんの声に、「なんだよ、うるさいねー」と眠そうな一の瀬さん。
「管理人さん、確か、今日が退院じゃなかったですか」
「ああ、もうそろそろ帰って来る頃だよ」
「こんちゃーす」
勤務先のマスターと結婚し、一刻館を退所した朱美さんがやって来ました。
住人達の会話によると、どうやら五代君夫婦は、そのまま一刻館に居ついてしまったようです。
そこに、タクシーが乗り付けました。
たおやかに舞う桜の花びらとともに、「ただいま…」という響子さんの声が聞こえます。
五代君に付き添われ、赤ん坊を抱いた響子さんが車から降りて来ました。
「お帰りなさいませ」
「お帰りー管理人さん」
「きゃー見せて見せて赤ちゃん」
住人達が響子さんの周りを囲みます。
「女の子だって?名前決めた?」
「春の香りではるか」
五代君が幸せそうに答えます。
「へー、春香ちゃん」
何だか一の瀬さんも嬉しそうです。
そして、あの四谷さんも全く茶々を入れず、穏やかな眼差しを向けています。
母性に満ちた優しい笑顔で、響子さんは我が子に話しかけました。
「春香ちゃん、おうちに帰って来たのよ。ここはね…パパとママが初めて会った場所なの…」
ストーリー
画力
魅力
笑い
シリアス
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