交通事故で亡くなった姉の遺児に悲しい?と問われたとき。
「…嘆かわしいことに全く悲しくない…わたしは姉を嫌いだったから……あなたを気の毒だと思うぶん…それが悲しい…」
この言葉を薄情だと思いますか?
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本心は人を傷つけることもありますが、助けることもあるのです。
「違国日記」あらすじ
35歳、少女小説家。
(亡き母の妹) 15歳、女子中学生。
(姉の遺児) 女王と子犬は2人暮らし。少女小説家の高代槙生(こうだいまきお)(35)は姉夫婦の葬式で遺児の・朝(あさ)(15)が親戚間をたらい回しにされているのを見過ごせず、勢いで引き取ることにした。しかし姪を連れ帰ったものの、翌日には我に返り、持ち前の人見知りが発動。槙生は、誰かと暮らすのには不向きな自分の性格を忘れていた……。
対する朝は、人見知りもなく、“大人らしくない大人”・槙生との暮らしをもの珍しくも素直に受け止めていく。不器用人間と子犬のような姪がおくる年の差同居譚

「違国日記」を読んで
小説家の槙生と母を亡くした15歳の朝が、一緒に生活しながらお互いに影響しあって成長していく作品。
登場人物の気持ちの描写が丁寧で、引き込まれます。
身近な人が亡くなったとき、感傷に浸ることもできないときもあって、でもふとしたときに思い出したり・・・それでも自分の毎日はただただ続いていく。
そんなところがとてもリアルです。
自分の中のしんどさを少しずつ受け止めながら変化していく登場人物を、いつまでも見守っていたい気分になります。
自分の感情とこんな風に向き合えばいいのか、子どもの人格をこんな風に尊重すればいいのか、と大切なことに気づかされる漫画です。

「嘆かわしいことに、わたしは姉を嫌いだったから。全く悲しくない」
母と父を一度に事故で亡くした日、中学3年生の田汲 朝(たくみ・あさ)は、十年ぶりくらいに会った母の妹・槙生に面と向かってそう言われます。
親戚一同が集まる場で、誰もが朝のことを引き取ろうとは言わず、朝の母の噂話や、自分のところがいかに生活が苦しいかということや、挙句の果てには全く関係のない世間話をする中で、槙生だけが朝を受け入れると宣言します。
しかしまた、その時の科白がすさまじい。
「あなたの母親が心底嫌いだった」
だから
「あなたを愛せるかどうかはわからない」
でも
「15歳のあなたはもっと美しいものを受けるに値する」
親戚の口さがない話で満ちたその空間で放たれた槙生の言葉は、まるでドリルで大きな音を立てて穴を穿けたかのように、朝を救い出します。
本当は、人と一緒に生活することさえ息苦しく感じる繊細な少女小説家の槙生。
しかしその繊細さを以てなお、世知辛い現実で生きていくために、現実の槙生は素っ気なく、無愛想で、口も悪い。トトゲにトゲ尖がっています。
でも、そんな槙生だからこそ、両親を失ったばかりの朝が、葬儀の席で親戚の年配者たちが悪意なく垂れ流す言葉の数々に溺れそうになっているのに気づいて、手を差し伸べざるを得ない気持ちになったのでしょう。
槙生と姉の実里との間に何があったかは、今のところ(これを書いている現在4巻まで既刊)はまだ、折々に実里から槙生が言われた科白をぽつりぽつりと槙生が思い出す形でしか示されていません。
実里のそれらの科白を思い出すたびに、槙生は時に過呼吸まで起こしそうになるほど苦しみます。
しかしそれでも槙生は朝に、「なぜ姉を憎んでいるのか」その理由を言おうとはしません。自分の側からの一方的な見方を朝には言うつもりはないと言い、自分の感情は自分にしかわからない、と。そして朝に対しても、朝の孤独は受け入れるけど、朝の孤独の本当のところは理解できないとつきつけます。朝の肩をぎこちなく抱き寄せながら。
この行動と言葉のアンバランスに、槙生の繊細さと、言葉の裏に隠されている大きなやさしさが実によく表現されています。
親を亡くしたことでこうして、今までさほど縁が深くなかった年上の身内に引き取られるパターンでは、最近の作品では吉田秋生の『海街Diary』や、古いものだと榛野ななえの『キラキラ星変奏曲』(『ハイジが来た日』続編)などが似ているでしょうか。
本作『違国物語』も含め、いずれも、まだいたいけな子どもの境遇に同情した年長者が、「その場の勢いで」引き取ってしまうパターンですが、引き取られる側と引き取る側、それぞれに繊細な部分があるがゆえに、勢いで引き取ってしまう情動が起きるわけです。
実は、朝の出生については、目下、謎がありそうです。実里が事故で無くなった直後の親戚たちの話では「血が繋がっている・繋がっていない」ということを口にしていますし、槙生も朝を引き取ると啖呵を切ったときに「血が繋がっていようといまいと」と、はっきり言いました。「朝が生まれた直後の大変だったときを自分は知らない」と友人に語っているところもあります。
つまり、槙生は朝の出生について、真偽はともかく、なんらかの事情があって実里の娘として育てられていたことを知っており、それは恐らく、朝にはまだ直接語らせないだけのデリケートな内容なのでしょう。
そんな朝のことを「憎い姉の娘だから愛せない」と言いながらも、「今日も明日も(自分の家に)帰ってきていい」と言う槙生。つまり、姉への愛情(憎しみは愛情の裏返し、という意味で)と、親を亡くした朝への慈しみは全く別に共存できるのだと言っているわけです。
朝を引き取った日、槙生はこんなことを言いました。
「日記をつけはじめるといいかもしれない」
そして素直に槙生の言葉に従って、槙生の要らなくなったノートをもらって日記をつけ始めようとする朝に、槙生は「日記は、今書きたいことを書けばいい。
書きたくないことは書かなくていい。本当のことを各必要もない」と言います。
なんとなく、朝の出生に謎があることをも暗示するかのような言葉に思えます。
両親の事故死、叔母のもとへ引き取られること、朝は突然の展開もすんなりと受け入れたように、槙生との生活に溶け込んでいきます。
しかしその日々の中、今度は以前の暮らし、つまり母との関係に違和感を感じることが時折出てきます。「好きなことをしていいよ」と言いながら「お母さんの言うことを聞いていれば間違いないでしょ」と言っていた母・実里。
そして「好きにすれば」と言えば、本当に朝の選択に任せる槙生。
恐らくこれから先、どんな親でも持ち得るそんなダブルバインドな「母の呪縛」に朝は気付く日が来るのでしょう。そこに槙生と母の確執も見えてくるのかもしれません。
『違国日記』の冒頭は、朝が槙生に引き取られて3年後のある日のエピソードから始まっています。
小説家のマイペースな仕事ぶりの槙生の日常に、あたかも小説の中の登場人物にでもなったかのように自分が入り込んだ「槙生の日常」を、朝は「ちがう国」とひそかに呼び、槙生を「ちがう国の女王」と言い、槙生がキーボードを打つ深夜に、仕事部屋の片隅で眠る自分を「ちがう国の女王の 王座のかたすみで眠る」と考えます。
一緒に暮らし始めた3年経っても、朝にとって槙生は「ちがう国」の「女王」と感じるのですが、その女王の足下(=王座のかたすみ)で心地よく布団に包まって眠る朝自身もまた、槙生とは「ちがう国」を自分の中に建国しつつあるのです。
繊細でいてもいい、その代わりに強くなる――そうやって「自分の国」を持っている人たちは結構多いのかもしれません。

何と言っても、主人公の槙生が魅力的。
不器用で人と関わるのが苦手なんだけど、誰よりも人を大切にしている槙生。彼女の考え方が、じわじわと心に浸透していきます。
ストーリー
画力
魅力
笑い
シリアス
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